Novel

Bitter, bitter, and sweet - Dearka × Miriallia

 終戦後の日常は呆気無いほど平穏だった。
 平穏、と言っても、あくまで戦時のような戦闘が無い、ただそれだけの話だった。
 それでも、これで誰かを傷つけなくて済む、誰かに傷つけられなくて済む、無事で居られる確立が高くなったのは十分平穏だと言えると思った。
 そう思えるからこそ、2月14日が虚しくて仕方が無かった。


「追悼式典? もうそんな時期だったか?」
 その言葉に、モニターの向こうの銀髪の上司は眉を顰め低い声で話し出す。
『ディアッカ、貴様ユニウスセブンが無くなったからと言って…』
「いや、誰もそんな事言ってないって!」
 終戦後もイザークはイザークだ。相変わらず自分の上官で、相変わらず沸点が低くて……とにかく彼は変わらない。
「で、追悼式典にはやっぱり?」
『ああ、ラクス・クラインの護衛だ。無論お前も…』
「断れるわけ無いだろ」
『くれぐれも遅刻だけはするなよ』
「分かってる」
 そう言って通信を切りつつ、ディアッカは溜め息を吐いた。
「結局今年のバレンタインも仕事、か」
 血のバレンタイン。ユニウスセブン。戦争の引き金。
 そのイメージが強いがために、バレンタインデー本来のイメージ――と、言っても、それすら正しいと言えるかは疑問だが――を忘れてしまっていた。
 でも、二年前には彼女が贈ってくれたビタースイートのチョコレートと共に、バレンタインのイメージが戻った気がした。
 そして一年前、ビタースイートはただのビターになった。
 彼女との別れと共に。

「式典が順調に終わって何よりです」
 無事追悼式典が終わり、会場の外へ向かったプラント代表のラクス、オーブ代表のカガリを迎えたのはイザーク達だった。
「これも貴方方のご協力があってこそですわ、ジュール隊長」
「本当に感謝している、有難う」
 口々に感謝の言葉を述べるラクスとカガリに、イザークは穏やかな表情を浮かべる。
 するとラクスはハンドバッグからラッピングされた小さな箱を取り出す。
「これは私達からの気持ちですわ、受け取って下さいませ」
 中身は言われずとも分かる。今日は2月14日なのだから。
「しかし…」
「何遠慮してるんだ、ほら、受け取れ」
「では、有難く頂戴致します」
 甘い物が苦手なイザークの反応は予想通りだった。
 受け取りつつも、後で部下にでも押し付けるつもりなのだろうと、そう思いながらディアッカはイザークの方に歩み寄る。すると、
「ディアッカ、残念だけどお前の分は無いんだ」
「え?」
 カガリの言葉に困惑の表情を見せるディアッカ。
「本当に申し訳ありません……でも、カガリさんが……」
「いや、別に……」
 特に期待していたわけでも無いし、第一ラクスともカガリとも大した付き合いではないのだ。それでも、まさか真っ向から自分の分は無いと言われるとは思ってもいなかった。
 すると。
「お二人ともお疲れのところ済みません、お写真宜しいですか?」
 聞き覚えのある声。
 最後に聞いた時より少しだけ大人びているような気がする。
 でも、こんな所に居るなんて事は普通なら無いだろう。
 そう思いつつ振り向いた。
「どうぞ、お撮り下さいな」
 ラクスの声に、カメラマンの少女は笑みを浮かべてカメラを構える。
 シャッターを切る様子は誰が見てもプロの手付きで。
「ハイ、どうもありがとうございます!」
「いいえ、こちらの方こそご苦労様ですわ。写真、現像が終わったら一枚もらえませんこと?」
「ええ、勿論です!」
 親しげに話している様子はやはり見覚えがあって。
 それでも、声を掛ける事は出来なくて。
 ただ、楽しそうに会話を続ける彼女達を離れた所から見ている事しか出来なかった。
「……ディアッカ、お前はここでいい」
「え?」
 突然の上官の言葉に思わず振り向く。
「今日のお前の仕事はこれで終わりだ、後は好きにしろ」
「お、おいイザーク!」
 それ以上何も言わずに去っていく上官を追いかけようとすると、
「ちょっと」
 背後からの声に立ち止まる。
「アンタ、どこ行くつもりよ」
 夢だと思った。
 らしく無い事を考えていると自分でも自覚していた。でも。
「どこって、そんなの…」
「アンタ何のために私がこの仕事引き受けたと思ってるのよ」
「え?」
 呆れ顔の少女――ミリアリアの言葉に驚きを隠せない。
「アンタがイザークの副官やってるってのは知ってるし、ラクスの護衛って言ったらイザークがやってる確率高いし…だから、アンタも来てるんじゃないかって思って」
「で、でも何で…」
「何でアンタを振った私が、わざわざこの日にアンタに逢いたかったかって?」
 あまりにストレートな言葉に思考がついていかない。コーディネーターの頭脳は決して万能ではないということか。
「その……俺は……」
 言葉に詰まる。
 そう、ずっと逢いたいと思っていた。
 復隊すると決めた時、あれほどまで反対して来た彼女の言葉に耳を貸さなかった自分。
『何で相談してくれないのよ、馬鹿』
 そう泣きながら彼女は離れていった。
 そんな彼女の顔が、頭から離れる事などなかった。
 でも、ザフトに戻った自分が、カメラマンとしての道を歩み続ける彼女に、AAに戻った彼女に近づく術など無かった。戦場で出会うこと以外では。
「……コレ」
 黙り込んでしまっていたディアッカに差し出されたのは綺麗な包装紙に包まれた箱――そう、ラクスがイザークに贈ったものに似ていた。
「いい、のか…?」
 頷く彼女を見て、躊躇いつつも受け取る。
 箱の中には見たところ手作りらしいチョコレートが納まっていた。そして、
「……『義理』?」
 そう、白いクリームで目立つように大きく書かれたその文字を見て苦笑を浮かべる。
「何よ、不満?」
「いや、そうじゃないけどさ…」
「……もう一回、やり直す気があるなら、その文字変えてあげる」
「……え?」
 耳を疑った。
「もう、聞き取れなかったわけじゃないんでしょ? わざと聞き返したりとかして……」
「マジで言ってたのか?」
「嫌なら…」
 言葉はそこで止めた。
 その後に待っていたのは、久々に食らった彼女の平手とビタースイートチョコの味。

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