「アスランが戻っただと!? どういう事だディアッカ!」
同期、そして友人である事は変わらない。変わったのは軍内での関係――元同僚、現上司――というだけの事。それすら大した違いじゃない、少なくとも俺にとっては。
俺が所属するジュール隊の若き隊長、イザーク・ジュール。
コイツの喚き声には当の昔に慣れているものの、当たる相手が常にオレだってのは勘弁して欲しいところだ。
「だから報告が行ったろ?アスランはザフトに戻って、赤服で……」
「そんな事は分かってるし赤服なのは当たり前だろう! 仮にもヤキン・ドゥーエで……」
「だったら何がそんなに……」
「何でヤツがよりにもよってフェイスなんだ!?」
成る程、機嫌が悪い原因はそこか。
特務隊FAITH――下手したら隊長クラスよりも権限があると言われるエリート中のエリート。ほんの少し前までは民間人――しかも今敵対関係にあるオーブの、だ――だったアスランがその称号を得た。つまり、またしてもイザークはアスランより下の位置に成り下がった、と言うわけだ。怒るのも無理はない。
「だからオレに当たるなって! 長が決めた事ならオレらに文句なんて……」
「それが分からんのだ! 一体何故議長はあんなヤツに……っ!」
「そんな事オレに分かるわけ無いだろ……」
「煩いっ!」
乱暴にオレを押しのけて、怒りを露わにした顔で出入り口の方へ向かうイザーク。
「オイ、イザーク! どこ行くんだよ!」
「どこでも良いだろっ!」
俺はそれ以上何も言えず、慌ただしく出て行くイザークの後ろ姿を見ている事しか出来なかった。これ以上何か言ったところでアイツの機嫌をどうにかする事なんか出来ない。
アイツとアスランは、たとえ離れていようが何だろうが、結局変わらない関係のままなんだろうと、そう思った。
「くそっ!」
与えられた個室に戻るや否や、乱暴にデスクを殴りつけた。何度も。
そんな事で気が晴れない事ぐらい頭の中では分かってた。でも、そうせずに居られなかった。
「なんで、何でアスランなんかがっ!」
昔からそうだった。
アカデミーでの総合成績はアイツに次いで二位。
アイツの親はプラント最高評議会議長だったのに、俺の母親はヒラの評議員――と、言ってもアスランの父は死に、俺の母親ももうその席を奪われているが。
クルーゼ隊に居た頃もアイツは勲章を貰うほどの実績を上げ、オレはただの赤服。
ヤキン・ドゥーエ戦での功績が認められ、今俺は隊長という立場に居る。そしてアスランは理由がどうあれザフトにそのまま残れるはずもなく、ただの民間人に。
コレでやっと俺の上に立っていたアイツが居なくなった。そう思っていればいつの間にか戻ってきていて、しかもFAITHだと? そんなのが認められるか!
「ふざけやがって!」
またデスクを殴る。拳に伝わってくる痛みが、自分のこんな行為がいかに無意味で無駄であるかを実感させてくる。
『イザーク、ここに居るのか?』
急にスピーカーから聞こえてきたディアッカの声にほんの一瞬怯む。
何をやっているんだ俺は、ディアッカじゃないか……
「何の用だ」
自然と俺の声は先刻よりも落ち着いていた。
『入っていいか?』
わざわざ入室許可を取って来るなんてヤツらしくない。ヤツなりに気遣っているとでも言うのか。
「……入れ」
間髪入れず入って来たディアッカはどうもぎこちない表情で。
「それで、何の用なんだ」
質問をもう一度繰り返す。すると、
「あのさ、そこまで気にする事かよ?」
「何ィ?」
「だから、アスランの事、お前気にしすぎてるんじゃないのか?」
いきなり何を言い出すかと思えばまたこの話題。しかも、仮にも上官である俺に向かってお前、だとぉ!?
「口の利き方に気を付けろ! 仮にも俺は貴様の上官だぞ」
「ハイハイ、失礼致しましたジュール隊長。でも、何でそこまでアイツに拘るんだよ?」
だから結局口の利き方なんか大して直してないじゃないか。これ以上言ったところでコイツが聞くとも思えんから何も言わないが。
「納得が行かんからだ。それ以外にどんな理由が……」
「でも元はと言えばアイツにザフトに戻って来いって言ったのはイザークだろ」
「それは……」
そう、確かに俺はヤツに戻って来いと言った。
「しかも『俺が何とかする』とも言ってたよな?」
全くもってその通りだ。でも、
「確かに戻ってくる事に関して文句は無い。でも復帰早々いきなりFAITHだなどと言われて納得が行くわけが無いだろう!」
「でもそこまでアスランに拘らなくても……」
「ディアッカ」
「……イザーク?」
急に名前を呼んでやったからか、怪訝そうな顔を向けてくる。
「俺は、結局アスランには勝てないのか?」
口に出した言葉の情けなさに、とにかく自己嫌悪を覚えた。
「何言い出すんだよ、いきなり」
イザークがこんな事を言い出すなんて思いもしなかった。
負けず嫌いで、自分の弱みを見せたがらない。
そんなコイツがこんな顔を見せるなんて、こんな事を言うなんて。
「だってそうだろう! 俺が何をしようと、どんなに高い所まで上り詰めようとも、結局はヤツに追い越される! 常にヤツの下なんだ!」
苦い表情で吐き捨てるイザークは見ているだけで痛々しかった。
「……でも、お前はお前で、アイツはアイツだろ?」
「貴様またお前って……」
「抜かされたらまた抜き返せよ」
「……ディアッカ」
俺の目を真っ直ぐに見てくるイザークの表情は僅かながら和らいでいて。
「お前らしくないぜ、そんなの」
「……貴様に偉そうにそんな事を言われる筋合いなんか無い!」
そういって大きな足音を立ててドアの方へ向かう。
「アスラン……すぐに俺もフェイスになって追いついてやるからな!」
そう言うや否や部屋を出て行く我が隊長殿。
イザーク、お前やっぱその方が合ってるよ。